サッカーとツイッター
ビール飲み
サッカー観ながら
Twitterとか別たいしておもろくないっしょ、てきとーてきとーとかいいつつ、何だかんだで使いまくってる。
Twitterの良さは、簡易性と拡張性だ。
それは水のように、変幻自在に姿を変えて、現実を浸食する。
AR(拡張現実)空間で、私たちは日常に新たな場を獲得した。
SF作家の夢は、ついに現実となった。
否、インターネットの想像するバーチャルな現実がついに、SFを取り込んだ。
記号化されたコミュニケーションに遊ぶ。
サッカーボールを蹴るように、私たちはまた、キーボードを叩き、フリックしまくり、Enterキーを押す。
最近、サッカー観ながらツイッターってのが鉄板になってきていて、
明らかにサッカー観戦のスタイルが変わったのを実感している。
#ハッシュタグつけて、呟いたり、知らない人と意見交換したり、ゴールのとこでとりあえず反応してみたり、
何だか忙しいが、何だか楽しかったりする。
今までの観戦は、構図的に、テレビの中 - 視聴者という、一方通行の2つの場のみが存在したが、
Twitterやらその他のSNSといったサービスの台頭によって、テレビの中 - ここ - 仮想空間という3つの場を私たちは獲得した。
そこはもう一つのドーム状のスタジアムとなっていて、
私たちはその空間の中で自由に、叫んだり、批評めいたことをする。
ある人にとっては、馴れ合いであり、暇つぶしであり、実況であり、
あるツイッター戦士にとっては、もう一つの戦いである。
また、その変化に伴って、ある疑問も浮上してくる。
「ツイートなんかしてて、本当にサッカーを観ているのか」
画面に向き合う少なからずの時間分、テレビからを必然的に目を離すこととなるので、
サッカーをよく観なくなるというのは事実かもしれない。
ただし、受動的かつ怠惰にだらだらと試合を観るという姿勢から、批判精神をもって能動的に試合に参加するという姿勢へのシフトは、ポジティブな変化と捉えることも可能だ。
賛否両論はあるだろうが、はっきりしていることは、SNSの引き起こすメディア革命の波から、サッカーも私たちも逃れることはできないということだ。
それは確実にサッカーを取り巻く環境を変えている。
松木さんが変なこといったら、次の日のランチの時間に友達と話すまでもなく、速攻ツイッターでヤジだ!
なんだか酔いに任せて書いていたら、とりとめのない話になってしまったが、
深夜なんかにマニアックな試合をながら、ちまちまビールつまんで、どこかの誰かとなんとなくすれ違いの会話をしたりするのが楽しいのは確かだ。
もうしばらく、ツイッターのもたらすサッカー観戦への影響について、ぼんやりと注視してみたいと思ったり思わなかったりしているなう。